go-maruのブログ

ごーまるの紆余曲折な日々

余命半年。

知り合いが亡くなりました。

膵臓ガン。

通夜に行って来ました。

にこやかな愛嬌ある笑顔はなく…

ガリガリにやつれて棺に収まってました…。


年明けに具合悪くて病院に行ったら…
即余命宣告されたようです。

62才。

まだまだ若いですよね。

色々思い残すこと、やり残したことはあったでしょうが…

今はただ…

安らかに…。

ご冥福をお祈りいたします。




自分が突然…

余命半年って言われたらどう立ち振る舞うでしょうか。



そんなことを考えざるを得ません。



親より先に逝く親不孝…
残して逝く家族…
友達…


もう非現実的な話ではない年齢になって来ました。


俺なんかは…


日頃暴飲暴食していたことを激しく悔やむのでしょう。


後悔先に立たず


俺の人生丸ごとそんなもんだから…

ソコは受け入れられる気がします…。


やはり心残りは…


子供達の行く末を見られないことでしょうか…。


その時になってジタバタもがくと思います。



人は必ず死にます。

歴史を見ても唯一絶対と言い切れる事実です。


わかってはいても…


どこか遠い未来の話と思っている。


なんなら…


こんだけ不摂生してるクセに…

自分だけは大丈夫なんじゃないか?

ってどこか思ってる…

楽観的です。
現実逃避かな?
図々しい話ですね。



生まれ落ちた瞬間から死へのカウントダウンは始まっている。


そんな言葉が頭をよぎります。


俺のカウントダウンはどこまで進んでるのか?


わからない恐怖がありますね



何故必ず死ぬのに人間は死ぬことが怖いのでしょうか?

生き物としての本能?



俺は…

人との関わりだと思う…

まだまだこの世に存在して関わっていたい。



母親のお腹から産まれて…
無防備な赤ん坊の時期を誰かの手を借りて生き延び…
幼少期も…


誰にも関わらず大人になれるってのは…

考えにくい弱い生き物ですよね?


誰かに生かされ
生きて欲しいと願われ
だから生きる


そうして生かされてきた以上…
生きることに執着するのだと…
生きることへの執着の裏返しが恐怖になるんだと…


死とは全ての関わりを失うこと…


だとすると…


死への恐怖は無くなることはない。

生きる執着を自ら捨ててしまう人達もいますが…。
きっと自分の周囲の人間との関わりに絶望したのでしょう。



いつの日か必ず訪れる死を…

恐怖し続けます。
その分生きることにも執着します。


たくさんの人達と関わりあいながら…。



やがて来るその時に


そうだよな。
仕方ないよな。
やるだけやったよ。


って受け入れられるように。



故人は関係ありません。

亡くなった…

と…聞いて…

通夜に参列して…


頭にめぐったことを書きました。

すいません。


故人のご冥福を心よりお祈りいたします。